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サクラナク

-アイガサ-



「隣、古川かー」

 くじをひいてがっかりした声をあげたのは、クラスメイトで同じバスケ部の高松だった。

「可もなく不可もないな」一人が言う。
「どっちかっていえば不可じゃね? あいつ、話しかけづれーし」
「一学期は逆にうるさかったよな。ミステリアスキャラに転向したとか?」
「いやいや、陰キャラだろ」

 小さな笑い声が起きた。その集団から少し離れていた翼は、黙々と席を移動させている古川を目で追っていたが、やがて視線を逸らし高松に声をかけた。

「高松、その席嫌なら交換してくれよ」
「は、お前どこなの?」場所によっちゃ譲らねえぞ、といいたげだった。
「窓際、一番後ろ。ストーブ近くなんだけど、俺、熱風苦手なんだよね」

 途端、高松の目の色が変わった。

「まじか、ラッキー! しかも隣小柴さんじゃん」
「おいおい、俺に交換してくれればよかったのに……」

 用が済むと翼はすぐにその場を離れ、高松の席になるはずだった位置まで机を動かした。

 古川は静かに参考書を開いていた。つい一ヶ月前までは夢にも見なかった光景だが、最近は驚く者もいなかった。

「古川」

 声をかけると、彼女はちょっと目を上げた。翼は思い切って笑顔をつくる。

「よろしくな」

 古川の驚いた顔は、すぐに笑顔の裏に消えた。




 古川の変化は口数だけでなく、声のボリュームまでこれまでの数分の一になったようだった。

 もうこのころには、クラスメイトの女子と何かあったのだろうことは察しがついていた。何があったのか、まではわからなかったが。人と話すのがつらくなるほどのことなのだろうか、とも考えたが、無表情に参考書と向き合う古川を見ていると、話しかけずにはいられなかった。少なくとも、翼がなにか話せば、古川は表情を変化させてくれたのだ。

「ごめん、授業寝ちゃったからノート見せて!」

 こんな情けないお願いにも、古川はちょっと笑みを浮かべて応えてくれるのだった。

 新人戦を控え、部活がますますハードになる中で、何度も古川に手をあわせることになったのだが、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。それどころかだんだんノートが詳しく、わかりやすくなっていくことに、翼は気付かないわけにはいかなかった。

( "いつもごめんな" ――じゃ、変か)

 翼は、自分の机の上で古川のノートを開きながら、ページの片隅に何かメッセージを書き込んでみようと思っていた。

 もちろん直接伝えれば済む話なのだが、普段何かと理由をつけて話しかけているだけに、こういうふうに改まって礼を言うのが恥ずかしかったのだ。

( "いつもありがとう" ? なんか、ノート借りるの当たり前になっているような……それじゃダメだろ)

 散々悩んだ挙句、何も書かずにノートをばたんと閉じた。

(うう……ごめん、古川。感謝はしてんだけど、上手くいえねーよ……)

 ため息をついて視線を落としたとき、ノートの表紙に書かれた文字が目に入った。

『数学I・Aノート   古川 さくら』

「古川……さくら」

 なんとなく声に出してから、一人で勝手に赤面した。


* * * * *


 十一月になると、朝と晩は冷え込むようになった。

 冷えた耳をさすりながら昇降口に入ると、ちょうど下駄箱から上履きを出して履き替えているバスケ部の同級生がいた。

「あ、おはよう」

 翼はすぐに声をかけたが、彼はこちらを見もせずにすたすたと行ってしまった。

(気付かなかったのかな?)

 そのときは深く考えもせず、翼は教室に向かった。

 だが、違和感は教室に入っても続いた。ほとんどのクラスメイトは普段どおりなのだが、

「おはよう」
「……あぁ」

 同じバスケ部の高松は、翼に気付くと眉をひそめ、少し早足になって教室を出て行った。

 鈴木だけにそういう態度をとられるのだったら、まだ理解はできた。翼の骨折が直って練習に参加するようになってからも、鈴木とのわだかまりが消えたとはお世辞にもいえない。鈴木はすぐに翼の体力がないことを皮肉り、シュートを外すたびに翼にだけ聞こえるよう文句を言った。冗談とごまかせる範疇なのがまた悪質だった。翼はほとんど相手にしていなかったし、そんなことに気をとられるよりは文句をつけさせないよう練習するほうが有益だと思っていたが。

 このころ、翼はひとりで昼食をとっていた。他のクラスメイトの席を借りてまでバスケ部中心の輪に入りたくはない、というのもあるし、古川ひとりを席に残すようで嫌だというのもある。女子はともかく、男子の何人かはひとり自分の席で弁当を広げていたので、翼もそうしたところで誰も気にしていなかった。

 この日古川は昼食をとらずに、地学の教科書を開いていた。ついさっき授業で習っていたページだ。復習をしているらしい。

 ちらちらと古川のほうを見ていると、ふいに、担任がそろそろ類型調査をすると言っていたのを思い出した。来年からは類型をもとに、理系は理系、文系は文系とクラスが分かれるのだ。違う類型の生徒とは、転向をしない限りもう同じクラスになることはない。

 思い出すと気になって仕方がなく、翼は古川に声をかけた。

「古川って、来年の類型何にする?」

 教科書に何か書き込んでいた古川は、顔をあげてこちらを見た。頬杖をついていたせいか頬が赤い。

「えっと、理系、かな……」
「え……そうなの?」

 思わず聞き返してしまった。

(俺、文系にする気なのに……)

「まだ、完全に決めてはないんだけど」

 古川は微笑みながら肩をすくめる。その言葉で、翼は少し元気を取り戻した。

「数学得意だしな。いつも勉強しててすげえなーって思ってた」

 そう言ってから、もしかしたら自分がいつもノートを借りるせいで勉強せざるを得ないのかもしれないと思ったが、彼女からの返事は違った。

「ち、違うよ。苦手だから、頑張らないといけないなって」
「苦手なのかよ……古川は偉いな」

 つぶやくと、古川は何度も首を横に振った。

「そんなこと、ないから。……蓮見くんは、どうするの?」

 彼女の頬はまだ赤い。もしも頬杖のせいじゃなかったら――そんな都合のいい想像をした。

「俺? 俺はバリバリ文系だよ〜。計算とか全然できないし」
「そうなんだ」
「分かれちゃうな」
「……そうだね」

 古川は少し微笑んで、それきり教科書に視線を戻した。

(うん……そうだよ)

 教科書の文を熱心に追うその横顔は、もう赤くはなかった。

(俺、なに期待してたんだろ)

 自分が情けなくなって、思わず翼も鞄から教科書を取り出していた。


* * * * *


 やはり、教室で感じた違和感は気のせいではなかった。

 部活でも部員は露骨によそよそしく、練習で支障が出るようなとき以外は翼と口を利こうとしなかったし、目もなるべく合わせないようにしている様子だった。一方、鈴木は妙に機嫌がよくなった。翼が戸惑えば戸惑うだけ、彼は喜ぶのだろう――そう考えると、どうでもよく思う自分もいた。鈴木がどうしてこんなに自分を嫌うのかはわからないが、翼は彼を心から軽蔑していたのだ。

 ただ、どんなに彼を蔑視したところで、自分が一人だという事実は変わらなかった。

(……雨、か)

 明かりの落とされた昇降口に立って、暗い空を見上げる。白い息を裂くように、大きな雨粒がいくつも落ちた。仮に他の部員が嫌々鈴木と一緒にいるとしても、こういうとき助けてくれないなら自分にとっては同じことだ。

 翼は自分の格好に視線を落とした。部活のウィンドブレイカーは多少水を弾いてくれるだろうが、リュックはどうしても濡れてしまうだろう。

 翼は覚悟を決めると、一旦リュックを下ろして古川のノートだけを取り出し、ウィンドブレイカーの中に差し込んで大切に抱えた。そしてもう一度空を見上げ、雨の中に足を踏み入れようとした。

「……あ」

 背後で、小さな声がした。振り返ると、非常口を示す緑の仄かな明かりの下に、制服姿の古川さくらが立っていた。長い白のマフラーをしている。

「古川。お疲れー」

 この状況で明るい声を出せる自分にほっとしながら、翼は軽く手を上げた。

「お疲れさま」

 彼女の声は静かだったが、唇には微笑が浮かんでいた。翼は、沈みかけていた心が一気に高揚するのを感じた。

「寒いね〜、雨まで降ってくるから、参ったわ」
「うん……本当に、寒い」

 そう言って、古川はマフラーに口元をうずめた。その仕草だけで寒さが一気に吹き飛んだ。

 会話を終わらせたくない一心で、翼は口を開く。

「俺、傘忘れちゃってさー。立ち往生」
「それは……友達のに入れてもらえば良いのに」
「あー……うん、そうなんだけどね。みんな帰っちゃって」

 なるべく深刻に聞こえないよう振舞ったのだが、ごく当たり前のことを言われて翼は一瞬たじろいだ。

 古川はそんな翼の様子に気付いたのか気付いていないのか、少し鞄の中を探ったかと思うと、黒い無地の折り畳み傘を取り出し、翼に差し出した。

「わたしは長いのがあるから、これ使って」
「え? あ、ありがとう!」

(に、二本持ってたのか……そりゃ、そうだよな)

 複雑な心境を隠すように笑いかけると、古川も笑い返してくれた。

 翼はそっとウィンドブレイカー越しにノートに触れると、差し出された黒い傘を受け取った。



 一段と冷え込んだある日の練習終わりのことだった。当番のモップかけを終えた翼が部室に戻ると、他の部員はすでに帰っていた。いつものことだ。翼はため息をついてウィンドブレイカーに袖を通し、片隅に転がっていた自分のリュックを拾い上げた。

 その拍子に、入っていた教科書やノートが床に落ちて、バサバサという音が響いた。

 舌打ちしながら拾い上げ、リュックに詰め込みなおす手が、あと数冊というところで止まった。

 リュックの中身と、床に落ちているものを見比べる。地理、現代文、英語、地学……

(古川のノートが、ない)

 気付いた瞬間、翼はすべて放り出して部室を飛び出していた。


 そもそも、リュックのチャックはきちんとしめていたはずなのだ。それをわざわざ開けた奴がいる。財布が無事なところをみれば、相手の目的は金ではなく、翼に精神的なダメージを与えることなのだ。たとえば、古川のノートを、彼女が気付くようなところに捨てておく、とか。

 日はとっくに落ちている時間だったので、教室は真っ暗だった。

「……翼」

 翼がドアを開けると、振り返ったのは高松だった。その手に見覚えのある水色のノートを持っているのを認め、翼は彼に歩み寄る。返してくれ、という前に、高松のほうからノートを手渡した。

「誰に頼まれた? ……なんて、聞かなくてもわかるけどな」

 翼はノートの表紙を眺めた。どこも傷ついてはいない。黒マジックで書かれた名前も、そのままだ。

「……悪かった」彼はぼそりといった。
「本当に、くだらねーことだってわかってるんだ。鈴木がお前のこと嫌いな理由なんて……お前が真面目で、バスケ強くて、女子にも人気あって。そのくせお前はなんでもない顔して、古川に近づいてさ。くだらねえってわかってるけど、でも、」
「調子あわせとかないとまずいことになるんだろ?」

 翼が顔をあげると、高松はきまずそうに自分の上履きの先を見つめていた。

「俺がお前の立場だったら、そうしない。自分が無視されても何されても、絶対に協力なんかしないけど……鈴木は俺のそういうところも嫌いなんだろうな」
「……ごめん」
「別に俺は、自分の何を隠されようが、捨てられようが構わねーよ。でも、こんなことされると、古川に迷惑がかかる。俺は……俺は、古川に近づいてるって言うけど、俺は古川のこと好きとかじゃねーし、ノート見せてもらってるのだって、隣の席だからってだけだ。だから、こんなことしても、無駄だよ」

 高松はもう、なにも言わなかった。

 翼は高松に背を向けると、ひとり廊下を歩いて部室に戻った。バタンとドアを閉め、ノートの表紙を見つめる。

(これで……これでいいだろ)

 そのときだった。ふいに、ページの間から薄色のメモ用紙が落ち、ひらひらと床に落ちた。

 拾い上げて裏側を確認した翼は、目を見張った。そこには、少し右上がりの、細い小さな文字が並んでいたのだ。古川の字だった。

 "翼くんへ いつも話しかけてくれてありがとう 古川"

(ありがとう、……?)

 翼は何度もメモを読み返し、そして――思わずくしゃくしゃにして放り投げた。

(バカだ……俺、本当にバカだった)

 壁に背中を預けて座り込み、翼は何度も頭をかきむしった。

(どっちがありがとうだよ。何回も、何回も助けてもらって。まともに礼も言えたことねーのに。その上、今日みたいなことになって。俺が情けないから……俺が、俺のせいで、さくらに迷惑かけているのに)

(だいたいさくらのために何かしたことなんて一度もない。全部俺がそうしたかっただけだ。何かと理由つけて話しかけて……さくらが一人でいるのにつけ込んで、いつも助けてもらって、それに甘えてばっかりで。そのくせ、自分のこと好きになってくれたらなんて、都合のいい想像して。どっちが……)

 くそっ、と両腕を投げ出す。冷え切った部室に白い息遣いだけが妙に大きく聞こえた。

 どれくらい時間がたっただろうか。遠くから足音がして、翼は我に返った。放り投げてしまったメモを拾い上げ、丁寧に広げなおし、きちんと畳んでポケットに入れた。


 それから数日後、クラスでは、最後の席替えが行われた。




 日々は風のようにあっというまに過ぎ去っていった。二年生になると、他の部員も翼への嫌がらせに協力することにうんざりしたのか、何事もなかったかのように翼と接してくれるようになった。中には直接謝ってくるものもいたし、手のひらを返したように鈴木の陰口を言うものもいた。鈴木自身も、協力者がいなくなったせいか、はたまた飽きたのか、仲良くこそはしなかったものの露骨なまねをしてくることはなくなっていた。そして彼は、先輩たちが引退した直後に部活をやめた。

 クラスのほうでは新しい友達ができ、一年生のころよりはずっと軽い心持で学校に来ることができていた。しかし……

(全然、話さなくなっちまったな)

 秋の通学路を学校に向けて歩きながら、翼はぼんやりと思った。

 翼は結局、二年次は理系クラスを選択した。もちろん、将来のことを考えて自分でそう決めたのだが、その時に古川さくらのことを全く考えなかったと言えば嘘になる。だが、結局彼女とはクラスが離れてしまい、それ以来一言も言葉を交わしてはいなかった。

 廊下で見かける彼女は、いつも翼の知らない2,3人の友達と一緒で、時には翼が見たこともないくらいはしゃいでいることもあった。そんな彼女と目が合うと、翼はいつも、ハッとして顔をそむけてしまうのだった。

(去年だって、席が近いときくらいしかちゃんと話せなかったのに……今さら、だよな)

 さくらが楽しそうならそれでいい――そう思い込もうと努力しながら、翼は落ち葉を踏みつけて歩いた。

 昇降口に入ったところで、後ろから肩を叩かれた。

「おはよ、翼くん」

 びくっとして振り返ると、同じクラスの女子生徒が翼ににっこり笑いかけていた。クラス委員長の樋口だ。

「ああ……おはよ、樋口さん」
「リナ。でいいって言ってるじゃない」樋口は少し頬を膨らませた。
「あぁ、うん」

 たぶん呼ばないだろうな、と思いながらも翼は頷く。

「今日の小テストさ、勉強したぁ〜?」ローファーを脱ぎながら樋口が尋ねてきた。
「いや、全然」
「あたしも〜! ホント、なんであたし理系にしたんだろって感じ……」
「勉強も難しくなってるもんな」

 そういいながら、自分の上履きに手を伸ばしたときだった。

「おはよう」

 聞き覚えのある声に、翼の手が止まる。

 古川さくらの挨拶に応えたのは、男子生徒の声だった。

「おはよう、古川」
「なんだか、寒くなってきたねえ」
「俺チャリ通だからさ、耳ちぎれそうだったよ」

 小さな笑い声の後、二人分の足音がして、さくらと翼の知らない男子生徒が並んで階段へ歩いていくのがちらりと見えた。

「……翼くん?」

 樋口の声に、翼は我に返った。

「あ、あぁ、悪い、ちょっと朝は眠いな――」
「あの二人、仲いいよね。付き合ってるのかな」

 言い訳のような翼の言葉を、樋口の落ち着き払った声が遮った。

「……さあ。知らねえよ」そんなつもりはなかったのに、乱暴な答え方になってしまった。
「いいの?」
「いいの、って?」
「あたしはてっきり、翼くんと古川さんて付き合ってるものと思ってたな」

 樋口は何気ない風を装っているようだった。

「違う?」

 翼は答えず、さくらと男子生徒が歩いていった方に顔を向けた。もう、そこには誰もいなかった。

 さくらは翼に気付くこともなく、一度も振り返らなかった――……

「……違うよ」

 翼は樋口に向き直り、笑って見せた。

「噂でも流れてるなら、否定しといてくれよ。俺と古川の間で、そんなこと一度もなかったから。見ればわかるだろ」
「あれ、それじゃあほかに彼女いたっけ?」
「いないって。もしかして、俺ってそう思われてるから彼女できねえのかな?」

 そのとき予鈴のチャイムが鳴って、翼と樋口は顔を見合わせ、二人で慌てて駆け出した。


* * * * *


「ヒトミー! 朗報。翼くん、彼女いないんだって!」
「えっ……本当? 古川さんは?」
「付き合ってたこともないってよ? しかもね、丁度そのとき、古川さんが男子としゃべりながら教室行くところだったの。だから、あの二人最近仲いいよねって言っておいたよ」
「……でも、それって嘘だよね?」
「大丈夫だよ、あんまり気にしてないみたいだったし。やっぱり、翼くんが古川さんのこと好きなんて気のせいだと思うな」
「そうかなぁ……」
「ともかく。これであとはヒトミが頑張るだけってこと。ファイトー!」
「うん……ありがとう……」

 樋口リナは教室の窓から外を見渡した。中庭をはさんだ向こう側には体育館がある。彼女からは見えないが、そこでは、何も知らない翼が今日も練習に励んでいた。いつもよりもいっそう、力をこめて。


(わかってた……わかってたよ)

 ボールがリングに当たり、跳ね返って翼のところに戻ってきた。

(何も不思議なことじゃない……俺以外のやつが古川のこと好きになっても。古川が、俺以外のやつを、好きになっても)
「翼! 適当に投げるな!」

 顧問の激が飛び、翼は慌ててボールを拾い上げた。

「ハイッ!」
「ボールに八つ当たりしてるようじゃキャプテンは任せられねぇぞ!? ぼやぼやしてんな!」
「ハイ!」

 翼は再び位置につくと、しっかりとリングを見据えた。一度、ぴしゃりと自分の頬を叩く。鋭い痛みに、目が覚まされたような気がした。


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